「国民食」と聞くと、タイのトムヤムクン、日本のすし、イタリアのピザなどが浮かぶ。では、それぞれの料理は母国にどれほどの収入をもたらすのだろうか。料理の価格と販売数を掛けるだけでは分からない。農業、食品製造、流通、飲食店、観光、海外フランチャイズなど、多くの場所で価値が生まれるからだ。
公的統計は通常、個々の料理の世界売上高を国別に集計していない。ロンドンのタイ料理店やニューヨークのラーメン店の売上は、まず出店先の経済で生まれる。全額がタイや日本に還流するわけではない。
本稿は 17の国・地域を対象に、検証可能な輸出額、食品産業の売上高、特定品目の取引額を整理する。いずれも特定の国民食そのものが世界で生んだ売上高ではない。
料理の経済効果を語る前に、何の収入かを区別する
食品は輸出だけでなく、国内の飲食サービスや食を目的とした旅行を通じて収入を生む。産地見学、食の祭典、料理教室も観光に含まれる。ただし、これらの売上には重複があり、単純に合計すると過大評価になる。
輸出額は海外に売った商品の金額であり、企業利益や税収ではない。産業売上高は国内販売と海外販売の両方を含みうる。付加価値は中間投入を差し引いた生産活動の価値だ。異なる指標を一つのランキングに並べることはできない。
そもそも一品だけを公式の国民食に指定していない国も多い。有名料理は文化の象徴として捉えるべきだ。国連世界観光機関のガストロノミーツーリズムも、外食に限らない幅広い体験を指す。
17の国・地域で確認できる数字
表では出典の通貨、対象期間、集計範囲を維持した。地域ごとの並びは各国料理の稼ぐ力を示す順位ではない。
| 国・地域 | 統計対象と期間 | 公表額 |
|---|---|---|
| タイ | 食品輸出 (2025) | THB 1.51 trillion |
| 日本 | 農林水産物・食品輸出 (2025) | JPY 1.7005 trillion |
| 韓国 | 即席麺輸出 (2025) | USD 1.52 billion |
| 中国 | 茶輸出 (2025) | USD 1.546 billion |
| 台湾 | 非食品を含む農産物輸出 (2025) | USD 4.451 billion |
| インド | 香辛料・関連製品輸出、会計年度 (2024/25) | USD 4.723 billion |
| インドネシア | 加工食品輸出 (2025) | USD 6.25 billion |
| ベトナム | コーヒー輸出、収穫年度 (2024/25) | > USD 8.4 billion |
| 米国 | 農産物輸出 (2025) | USD 171.49 billion |
| ドイツ | 食品製造業の国内外売上、2026年7月修正 (2025) | EUR 240.8 billion |
| フランス | 農業・農食品輸出 (2025) | EUR 84.0 billion |
| スペイン | 農食品・水産物輸出 (2025) | EUR 78.044 billion |
| イタリア | 農食品輸出 (2025) | > EUR 72 billion |
| ポルトガル | 農食品輸出 (2025) | EUR 10.6 billion |
| ブラジル | コーヒー全品種輸出、暦年 (2025) | USD 15.586 billion |
| メキシコ | アボカド輸出、暦年 (2025) | USD 3.906 billion |
| サウジアラビア | デーツ輸出 (2025) | SAR 1.938 billion |
ドイツは国内外を含む食品製造業の売上高、米国・日本・台湾は広い農業関連分野、その他には茶やコーヒーなど個別品目の数値もある。規模を直接比較して料理の優劣を判断することはできない。
アジア – 知名度の高い料理と輸出品の収入は別

タイ – トムヤムクンやパッタイの売上を独立集計していない
トムヤムクン、パッタイ、グリーンカレー、ソムタムは世界的に知られるが、海外のタイ料理店の売上が全てタイの所得になるわけではない。タイの2025年の食品輸出額は1兆5,100億バーツで、前年比8.1%減。コメ、水産加工品、果物、調味料などを含み、看板料理だけの売上ではない。
日本 – すし、ラーメン、和食が食材需要を後押し
すし、ラーメン、弁当、和食は日本の食材と調理方法を世界に広める。2025年の農林水産物・食品輸出額は1兆7,005億円、前年比12.8%増だった。ただし多様な農水産物を含み、すしの売上ではない。ユネスコが認めた和食も、単一料理ではなく食文化全体を指す。
韓国 – キムチやビビンバ、ラミョンが加工食品にも広がる
韓国の文化発信は、キムチ、ビビンバ、トッポッキ、ラミョンへの関心を高めた。2025年の即席麺輸出額は約15億2,000万米ドル。複数のブランド・味を含む製品カテゴリーであり、世界の店舗で提供されるラミョン一杯一杯の売上ではない。
中国 – 地域ごとに異なる料理と測定可能な茶の輸出
火鍋、小籠包、点心、北京ダック、四川料理には大きな地域差がある。業界団体が税関統計として示した2025年の茶輸出額は15億4,600万米ドル。飲食店の火鍋や点心の売上と同一視できない。海外の中国料理店の売上の多くも現地経済に生じる。
台湾 – タピオカミルクティーの世界売上が台湾に全額戻るわけではない
タピオカミルクティー、牛肉麺、パイナップルケーキは台湾を象徴する。だが世界の販売額から台湾に戻る分を示す統一的な公的統計は確認できない。2025年の農産物輸出は44億5,100万米ドルで、水産物、焼き菓子に加えてランも含む。食品だけの輸出額でも、タピオカ飲料の売上でもない。
インド – カレーやビリヤニ、ドーサを支える香辛料産業
インド料理の多様性を支える香辛料は国内外で使われる。インド香辛料局による2024/25年度の香辛料と関連商品の輸出額は47億2,300万米ドル。家庭や食品メーカー向けの原料を含み、カレーやビリヤニの料理代を集計した数字ではない。
インドネシア – ナシゴレン、ルンダン、サテと加工食品
ナシゴレン、ルンダン、サテ、サンバルは現地の味を伝える。貿易省によると2025年の加工食品輸出額は62億5,000万米ドル。ソースや調理済み食品は海外市場への足掛かりだが、様々な商品を含む総額をルンダンだけに割り当てられない。
ベトナム – フォーとバインミーは外食、コーヒーは輸出品
フォーやバインミーは店舗の調理・サービスと密接に結び付く一方、コーヒーは商品として輸出できる。2024年10月~2025年9月の収穫年度のコーヒー輸出額は84億米ドル超。フォーやバインミーの売上ではなく、暦年2025年とも一致しない。
欧州 – 加工業、品質基準、原産地が価値を支える

フランス – バゲットやクロワッサン、チーズは大きな農食品産業の一部
パン、菓子、バター、チーズ、コース料理はフランス料理のブランドを形作る。FranceAgriMerによる2025年の農業・農食品輸出額は840億ユーロ。多様な商品が含まれ、パン店の売上ではない。加工食品のみを対象とする統計とは範囲が異なる。
ドイツ – ソーセージやプレッツェルの背景に大規模な食品製造業
食品業界団体BVEが2026年7月に修正した2025年の食品製造業売上高は2,408億ユーロ。国内と国外の販売の両方を含むため、フランスやスペインの輸出額と単純比較できず、ソーセージの売上でもない。
スペイン – パエリアやタパス、生ハムと幅広い供給網
パエリア、タパス、ガスパチョ、ハムはスペインの食文化を表す。2025年の農食品・水産物輸出額は780億4,400万ユーロで、果物、食肉、野菜などが主要品目。レストランの料理売上や観光客の外食支出を示すものではない。
イタリア – ピザ、パスタ、チーズが産地ブランドを育てる
ピザ、パスタ、リゾット、チーズはイタリア食材の需要を後押しする。研究機関CREAによると2025年の農食品輸出額は720億ユーロ超。対象はピザやパスタにとどまらない。地理的表示は商品名を守るが、利益が小規模生産者に均等に届くとは限らない。
ポルトガル – バカリャウやエッグタルトは多様な輸出品の顔
バカリャウ、パステル・デ・ナタ、魚介料理には根強い人気がある。AICEPが示した2025年の農食品輸出は106億ユーロで、ワイン、オリーブ油、果実、加工食品などを含む。タルトや塩漬けタラだけの売上ではない。
米州・中東 – 料理より原材料の貿易が測りやすい場合

米国 – ハンバーガーやバーベキューの収入は各国に分かれる
米国風ファストフードは国際的な店舗網を持つが、海外のフランチャイズ売上がそのまま米国の輸出になるわけではない。2025年の農産物輸出額は1,714億9,000万米ドル。大豆、トウモロコシ、肉類などを含み、ハンバーガーの利益を表さない。
ブラジル – フェイジョアーダやポン・デ・ケイジョとコーヒー貿易
フェイジョアーダやチーズパンはブラジルの食文化を表す。暦年2025年のコーヒー輸出収入は155億8,600万米ドルだった。輸出数量は減ったが平均価格が上がり、金額は増加。料理のフェイジョアーダの売上とは無関係だ。
メキシコ – タコス、モレ、ワカモレとアボカド輸出
タコス、モレ、トルティーヤ、ワカモレは代表的な食文化。暦年2025年のアボカド輸出額は39億600万米ドル。用途は幅広く、全額をタコスやワカモレに帰属できない。価格、販路、衛生条件も輸出を左右する。
サウジアラビア – カブサとデーツは別々の収入源
カブサ、ハリース、デーツはアラビア半島の食文化の一部だ。2025年のデーツ輸出額は19億3,800万リヤル、前年比14.3%増。カブサの外食売上は含まれず、アラビア語圏全体の料理産業を代表する数字でもない。
輸出額が大きくても、その全額が国内に残るわけではない
輸出額は生産、輸送、輸入原料などの費用を差し引く前の総売上だ。海外の飲食店が得る利益は現地の事業者に帰属することもある。輸出額はGDPへの付加価値や税収とは異なる。
食品産業には安全基準、産地保護、労働・エネルギーコスト、環境負荷への対応も必要だ。輸出が伸びても農家や中小生産者に所得が十分分配されるとは限らない。品質と市場へのアクセスが、有名料理の宣伝以上に重要なこともある。
重要な視点 有名料理は関心を集めるが、売上は取引が行われた場所で記録される。食品輸出、飲食店売上、観光消費は別々の統計だ。料理別の会計がなければ、産業全体の数字を一皿の収入として扱えない。
国民食の経済効果をもっと正確に測るには
店の数と所在地、税関分類で特定できる加工食品、ブランド食材、国内付加価値、美食体験を目的とした観光支出などを、重複しない形で調べる必要がある。
そうした統計があれば、食品安全、調理人材育成、海外ブランド作りへの投資を比較できる。現時点で料理は複数の産業に影響する文化資産であり、食品輸出総額だけではその価値を測り切れない。



