暗号資産取引所のハッキングが相次ぐ中、デジタルマネーの未来をまだ信じられるのか

約3億8,800万ドルが影響を受けたBitgetの事例は、取引所への攻撃が必ずしもブロックチェーン自体の破綻を意味しないことを示す。Bitget、Bybit、WazirXを比較し、カストディ、署名承認、バランスシートのリスクを分けて、損失を最終的に誰が負担するのかを考える。

cyber warfare center

2026年9月24日、Bitgetは一部のホットウォレットとウォームウォレット基盤から不正な暗号資産送金を検知しました。10月初めまでに、同社は影響を受けた資産の規模を約3億8,800万ドルとしています。

この事件は「暗号資産取引所がハッキングされた」と一言で表現されがちですが、その言葉だけでは重要な違いが見えません。ブロックチェーンそのものが侵害されたのか。秘密鍵が盗まれたのか。出金承認の仕組みがどのように突破されたのか。そして資産が流出した後、最終的な損失を誰が負担したのかという問題です。

Bitgetの最新説明によると、攻撃者は外部のセキュリティ製品に存在したゼロデイ脆弱性を悪用し、高権限の認証情報を取得したうえで、偽造した出金指示を注入してリスク管理をすり抜けました。同社は、秘密鍵は侵害されておらず、コールドウォレットにも影響はなかったと説明しています。

SlowMistとMandiantの調査更新も、外部のセキュリティ環境からBitgetの本番ウォレット環境へ信頼境界を越えて侵入が広がったという構図をおおむね支持しています。ただし、調査は当時も継続中で、一部ベンダーの詳細は非公開でした。したがって、2026年10月6日時点では、これは現時点で最も整合的な説明であり、最終的なフォレンジック結論ではありません。

利用者にとってより重要なのは、技術的な防御が破られた後に何が起きたかです。Bitgetは、顧客残高を減額せず、財務的な影響をProtection Fundで吸収したと説明しています。出金は段階的に再開され、残る対応資産、法定通貨の出金、P2Pも10月2日までに再開する計画が示されました。

ここで重要なのは、技術的に破られた箇所と、経済的な損失を最終的に負担する主体は同じとは限らないという点です。

重要ポイント: 暗号資産取引所のリスクを評価するとき、「ブロックチェーンは安全か」だけでは不十分です。誰が秘密鍵を管理し、誰が取引を承認でき、どのシステムが信頼された命令を出せるのか。さらに、資産が失われた場合に、プラットフォームが損失を吸収できるだけの資本や制度的な備えを持つかまで確認する必要があります。

「暗号資産がハッキングされた」は少なくとも5種類のリスクを含む

「暗号資産のハッキング」という表現は、異なる障害を一つにまとめてしまいがちです。リスクを層ごとに分けると、何が壊れたのかが見えやすくなります。

  1. ブロックチェーンまたは資産プロトコルのリスク – プロトコル、スマートコントラクト、ブリッジの脆弱性により、ネットワークのルールが想定外の形で悪用されるリスクです。
  2. カストディリスク – 利用者に代わって秘密鍵を保管したりウォレットを制御したりする仕組みが侵害されるリスクです。
  3. オペレーショナルセキュリティのリスク – 署名画面、高権限の認証情報、出金ワークフロー、基幹システムにつながる外部ソフトウェアなどの弱点です。
  4. カウンターパーティーリスク – 攻撃が止まっても、取引所の残存資産が負債を下回れば、利用者は流動性不足、債務再編、支払不能のリスクを負います。
  5. 規制・利用者保護リスク – 顧客資産の分別管理、カストディアンの責任、損失時の権利は法域によって異なります。

重要ポイント: ネットワーク上では完全に有効な取引でも、利用者や組織の意思には反していることがあります。ブロックチェーンは正しい署名が付いた命令を実行しただけでも、その署名を作る、または承認する内部プロセスがすでに乗っ取られている可能性があります。

3つの暗号資産取引所事件を比較する

事例技術的な障害報告された影響額利用者への最終的な影響
Bitget(2026)外部セキュリティ製品が侵害され、高権限アクセスと偽造出金指示が可能になった約3億8,800万ドル顧客残高は減額されず、BitgetはProtection Fundで影響を吸収したと説明
Bybit(2025)Safe環境でマルチシグ・コールドウォレットの署名ワークフローが操作され、サプライチェーン上の問題が関与約14億6,000万ドル取引所が資産不足を埋め、報告対象資産の1対1裏付けを回復
WazirX(2024)マルチシグウォレットが侵害され、大きな担保不足が発生2億3,000万ドル超法的再編に移行し、対象利用者はスキームに基づきApproved Claimsの約85%に相当する初回分配を受領

常に分けて考えるべき質問は二つです。どこでシステムが壊れたのか、そして最終的に誰が損失を負担したのか。 前者はセキュリティ設計の問題で、後者は資本、流動性、契約、法律の問題です。

Bitget:ブロックチェーンではなく、秘密鍵を取り巻く権限が狙われた

Bitgetの事例は、秘密鍵そのものを持つことと、その周辺ワークフローを制御することが別問題だと示しています。同社の最新説明では、攻撃者はコールドウォレットの秘密鍵を直接盗んだのではなく、外部セキュリティ製品を侵害して高権限の認証情報を取得しました。

bitget

つまり、攻撃者は信頼された担当者になりすませるだけの権限を得て、内部システムが正規と判断する偽の出金指示を作れたということです。秘密鍵だけを守っても、鍵の周辺で操作権限を持つシステムが奪われれば、資産は移動させられます。

そのため、現代のカストディ設計では、ホットウォレットとコールドウォレットの分離だけでなく、署名者の権限、職務分掌、取引ポリシー、出金上限、外部ベンダーのセキュリティまで一体で管理する必要があります。資産の安全性は、資産を動かせる特権経路の中で最も弱い部分に左右されます。

技術的な防御が破られた後、Bitgetは自社のバランスシートとProtection Fundを次の防波堤として使いました。同社は顧客残高を減額しないとしています。すべての取引所が同じ対応をできるわけではありませんが、技術管理が失敗した後には、組織が損失を吸収する財務能力そのものが経済的なセキュリティになります。

重要ポイント: 問うべきなのは「秘密鍵が安全か」だけではなく、「秘密鍵の周辺で命令を出せるシステムを誰が支配しているか」です。ブロックチェーンや秘密鍵が直接侵害されなくても、周辺ワークフローを乗っ取られれば、経済的な損失は同じように発生します。

Bybit:コールドウォレットでも承認プロセスを欺かれれば危険になる

2025年2月21日、BybitはEthereumのマルチシグ・コールドウォレットから資産を失いました。同社は損失額を約14億6,000万ドル、FBIは約15億ドルとし、北朝鮮と関係する攻撃者に責任があるとしています。

bybit

この事例は、「コールドウォレット」という名称だけではリスクをゼロにできないことを示しました。署名者が取引を確認し承認するプロセスを操作されれば、人間が意図していない取引をウォレットが承認してしまう可能性があります。

Bybitは、Safeを通じたマルチシグ取引の過程で、署名者が画面で確認した内容と実際にオンチェーンで実行された取引が一致しなかったと説明しています。したがって、統制上の問題は署名者の人数だけではなく、ソフトウェア構成、確認画面、送付先や取引データを独立して検証できるかに及びます。

事件後、Bybitは短期借入、OTC購入、大口入金などでETHの不足を埋めたと説明しました。その後の準備金証明では、約72時間以内に対象顧客資産の1対1裏付けを回復したとしています。

重要ポイント: 秘密鍵をオフライン保管していても、署名ワークフローを操作されれば安全は保証されません。また、事件後に1対1の裏付けを示す準備金証明は重要な情報ですが、それだけで長期的な支払能力、顧客資産の法的分別、将来の安全性まで証明するものではありません。

WazirX:サイバー損失が流動性と債権者の問題に変わったとき

WazirXは別の結末を示しました。2024年7月18日のマルチシグウォレット攻撃後、同社は2億3,000万ドル超の暗号資産が盗まれ、1対1の担保を維持する能力に影響が出たと認めました。

wazirx

ここから問題は技術的なインシデント対応だけではなくなります。残った資産が利用者に対する負債を下回るとき、どのように返済するのかというバランスシートの問題になります。

2025年、WazirX運営会社ZettaiはシンガポールでScheme of Arrangementによる法的再編に入りました。同社によると、スキームは2025年10月に発効しました。対象利用者には、スキームの参照価格に基づくApproved Claimsの約85%に相当する初回分配が行われ、将来の追加回収に参加するためのRecovery Tokensも付与されました。

したがって、この85%は「元の暗号資産を現在価格で85%返した」という意味ではありません。法的再編の計算方法に基づいて価値を分配したものです。

Bitget、Bybit、WazirXを並べると、見出し上は似たサイバー事件でも、利用者の経済的な結果は大きく異なることが分かります。

取引所に十分な資本、流動性、準備資源があれば、利用者が直接ヘアカットを受けずに済む場合があります。一方、損失がバランスシートを突き抜けて資産が負債を下回れば、問題は支払不能、債権者の優先順位、財産法へと急速に移ります。

重要ポイント: サイバー事件は脆弱性を修正した時点で終わるとは限りません。損失が機関の財務防御を突破すると、問題は債務構造に移り、利用者の回収額はプラットフォームの財務状態と適用法に大きく左右されます。

ブロックチェーン上の資金は追跡できても、自動では取り戻せない

暗号資産の特徴の一つは、多くの取引が公開台帳に記録され、資金の流れを追える一方で、その可視性が取り消しボタンを意味しないことです。

取引がネットワークの条件を満たした後、その経済的効果を巻き戻すには外部の管理点が必要になります。受け取り先の中央集権型取引所が資産を凍結する場合もあれば、ステーブルコイン発行者が特定トークンを凍結できる場合もあります。法的権限とサービス事業者の協力があれば、捜査当局が資産を差し押さえることもあります。

Bybit事件では、一部資産の凍結や差し押さえが実際に起きました。T3 Financial Crime Unitは2025年3月、事件に関連する約900万ドルを凍結したと発表し、Chainalysisは後にギリシャ当局による別の差し押さえ事例を報告しました。

これらは追跡可能性が捜査に有用であることを示しますが、盗まれた資金の大半が常に回収できるという意味ではありません。すべてのデジタル資産に中央管理者の緊急停止機能があるわけでもありません。

BitcoinやEtherのようなベースレイヤー資産には、一部のステーブルコインのように後から取引を凍結できる中央発行者が存在しません。攻撃者が複数チェーン、スワップ、ブリッジ、捜査に協力しないサービスへ素早く資産を分散するほど、回収は難しくなります。

公開台帳は追跡の手掛かりを残しますが、ブロックチェーンをクレジットカードのチャージバック制度に変えるものではありません。

ブロックチェーンは透明でありながら最終性も高い仕組みです。盗まれた資産の行き先が見えても、それを引き戻す権限が自動的に生まれるわけではありません。

セルフカストディはカウンターパーティーリスクを減らすが、責任を鍵の保有者へ移す

取引所がハッキングされた後、資産をセルフカストディへ移すことがよく勧められます。利用者自身が秘密鍵を持てば、取引所の破綻、出金停止、カストディ障害によるカウンターパーティーリスクを減らせます。

ただし、リスクは消えません。セキュリティチーム、インシデント復旧手順、バランスシートを持つ組織から、個人へ移るだけです。利用者はシードフレーズを守り、送付先を確認し、フィッシングを防ぎ、必要に応じて端末を分け、アクセスを失った場合の復旧方法まで準備する必要があります。

Chainalysisは、2025年半ばまでに追跡した盗難資金活動のうち、個人ウォレット侵害が23.35%を占めたとしています。この数字だけでセルフカストディが取引所保管より危険だとは言えません。定義もデータセットも異なるからです。ただ、資産を仲介業者から移しても攻撃面が消えるのではなく、リスク管理の主体が変わるだけだという警告にはなります。

したがって、より良い問いは、利用者がどのリスクを自分で管理し、カストディアンに何を期待するかです。

取引所を使う場合、セキュリティ確認はコールドウォレットや準備金証明という宣伝だけで終えるべきではありません。署名者のガバナンス、顧客資産の分別、出金統制、照合と監査、保険や保護基金、法的条件、過去のインシデント対応まで確認する必要があります。

重要ポイント: セルフカストディは万能薬ではありません。プラットフォームリスクを個人の運用責任に置き換える方法です。仲介業者に資産を預けるなら、技術的な宣伝だけでなく、ガバナンス、資産分別、損失吸収力を見る必要があります。

デジタルマネーの未来は「誰も信頼しない」ことより、何を信頼しているかを知ることかもしれない

ブロックチェーンの出発点にはしばしばトラスト・ミニマイゼーションがあります。検証可能なルールと利用者自身の秘密鍵管理によって、仲介者への依存を減らす考え方です。しかし現実の経済では、多くの利用者が取引所、カストディアン、ステーブルコイン発行者、ウォレットソフト、クラウド基盤、サイバーセキュリティ企業、法律制度に依存しています。

信頼は消えたのではなく、エコシステムの複数の層へ分散しました。

Bitget、Bybit、WazirXは、デジタルマネーの安全性が暗号技術だけではなく、社会と技術が一体になった問題であることを示します。強いプロトコルにも、運用規律、独立検証、資産分別、インシデント対応、流動性準備、損失時の明確なルールが必要です。

逆に、強い仲介業者がいても、プロトコルリスクや利用者自身のミスまで消えるわけではありません。

利用者が取引所を選ぶときは、「この取引所は過去にハッキングされたか」よりも、「一つの統制が壊れたとき、次の層が損失を止められるか」を問うべきです。署名権限、出金制限、独立検証、顧客資産の分別、バランスシートの耐久力、最悪時の法的権利が重要になります。

この教訓は暗号資産だけに限りません。トークン化資産、ステーブルコイン、新しいデジタル決済など、より多くの金融資産がソフトウェアとカストディ基盤に依存するようになっています。

信頼性は「ブロックチェーンを信じるか、機関を信じるか」という二者択一では生まれません。各層が互いを検証し、一つが失敗しても利用者に全損失を押し付けずに吸収できる設計が必要です。

要点

  • 取引所のハッキングは、必ずしもブロックチェーンの故障を意味しません。 カストディ、署名プロセス、高権限アクセス、出金統制、外部ソフトウェアで損失が発生しても、ブロックチェーン自体は有効な命令を実行し続ける場合があります。
  • どこが侵害されたかと、誰が損失を負担したかは別問題です。 BitgetとBybitは自社で不足を吸収したと説明し、WazirXは資産不足を受けて法的再編に進みました。
  • 追跡可能性は可逆性ではありません。 公開台帳は盗難資産の追跡に役立ちますが、凍結や回収には中央管理点、事業者の協力、法的権限が必要です。
  • セルフカストディはリスクを消すのではなく移します。 取引所のカウンターパーティーリスクを減らす代わりに、鍵管理、フィッシング対策、復旧計画を利用者が担います。
  • デジタルマネーの未来には、プロトコルの安全性と制度の強靱性の両方が必要です。 安全な鍵は、適切なガバナンス、顧客資産分別、リスク統制、流動性、明確な顧客権利と組み合わさって初めて機能します。

参考資料

トピック: デジタル資産金融規制フィンテック・決済テクノロジー